![]() |
かすかに名残りをとどめる益田七尾城は藤原 鎌足の末孫定通より始まり、石見の国司とな って御神本の地に土着し姓を御神本国兼と改 めたのであります。 その子孫兼高は一の谷、 壇の浦の戦に源義経についで軍功があり、な お平家の残党を壊滅した功績により源頼朝に 石見の守護、押領使を任ぜられたのでありま す。兼高は戦の憩のつれづれに武将を集め茶 の会を催し、鋭気を養ったものである。 そも そもこの益田まんじゅうはその当時をしのん でそれにあやかって鶏卵堂が謹製したもので す。今尚その風雅な味と甘さは、お茶うけに、 おみやげに益田銘菓として広く愛されており ます。 (注)この商品は店頭販売のみのお取り扱い商品です。 |
